快適なFX

イギリスは個人主義の国である。 個人の主張がはっきりした社会である。
個人の独立性が確立しており、人は人、自分は自分という考えで、他人に干渉しない代わりに、自分も干渉されることを嫌う。 シティにもカラオケバーがある。
厳密にいえば、普段は普通のパブだが、金曜日の夜にはカラオケをする。 金融マンが集まり、パブの中は立錐の余地もないほどになる。
たくみなDJ風の司会者がいて、お客に次々とカラオケで歌を唄わせる。 皆、それに唱和する。
古い歌もあれば、新しい歌もある。 BやK.Rはもちろんのこと、最近、大人気のW.Yの歌もある。
なつかしいP.Cの歌は今でも人気がある。 マイクを握った個人の声は大勢の声に呑み込まれて聞こえない。

イギリスという個人主義の国で、こうも見事に個人が集団の中に消えてしまうということは、まことに面白い現象である。 結局、個人の楽しみと集団での楽しみの場を、明確に区別するのが彼らのやり方といえるだろう。
一方で、日本人のカラオケには、極端に個に閉じこもった隠微性がないだろうか。 そこには、まず唄い手側に自己解放と自己顕示のふたつの欲望があり、聞かされる側(実はあまり聞いていないが)は、自分のための選曲(次に何を唄うか)か、仲間内のおしゃべりに忙しく、唄っている人を無視する現状がある。
カラオケが日本ではやり始めた頃には、見られなかった現象だ。 そこに、今の日本人が抱えているどうしようもない閉塞性がある、と指摘すればうがち過ぎだろう。
カラオケが世に出現する以前から、新橋の歌声スナックで、ギターの名手であるマスターの伴奏で歌を唄っていた私は、長い経験の中で比較することが出来る。 カラオケにもその時々の世相は反映されている。
景気がどうこうというような経済的な側面ばかりではない。 もっと幅今、シティのまん中に立って、四方をながめれば、たちどころに十基以上のクレーンを数えることができる。
すなわち、それだけ建設工事が進められている場所が多いということを意味する。 私の記憶では、95年頃まではそれほどでもなかった。
それ以降、あちこちで煉瓦造りの古いビルが壊され、建て直されるようになった。 掘り起こされ、見苦しい板塀で囲まれていた場所に、驚くほどモダンなビルが姿を現すようになった。

その動きは2000年にかけて加速した。 無論、この動きはイギリスの皇扉気の回復と軌にしている。
建設ブームに伴って、シティの風景は急速に変貌を遂げた。 古い、由緒ある建物が徐々に減っていき、代わりに、ガラスで出来ていると見違うビルや、鉄骨を巧みに組み合わせた斬新なデザインのビルが建ち並ぶようになった。
私の脳裡には、いまだに「シティは石と煉瓦の街」という強いイメージがあるのだが、ふと現実の街の風景を見渡して、誤りであることに気づく。 いつの間にか、シティの、いやロンドンの、ニューヨーク化あるいは東京化が進みつつあるのだ。
景気がよくなって、それだけの投下資本が市場にあるという証でもあるが、何よりも近年のIT(情報技術)の急速な発達が大きく影響しているように思う。 古いビルでは、社内外のPC端末を縦横に連結した情報ネットワークを構築しにくい。
どんな企業でも、情報への素早いアクセスは成功のための重要な条件であり、とくに国際金融資本にとっては、企業の存亡に関わるほどの意味がある。 80年代から90年代にかけて出遅れただけに、経済の回復を受けてこの国は今、一気に企業インフラの整備を進めているのである。
だが、私は、どうもそれではシティがシティでなくなるような寂しい気持ちになる。 オフィスビルばかりではない。
シティの街並みそのものが、猛烈な勢いで変貌している。 商店の変わりようにはっきりとうかがえる。
近年、シティに(ロンドン全体に)増えたものは、コーヒーショップのチェーン店と携帯電話の販売店である。 このふたつが雨後のたけのこのように出現した。
前者は、日本にも進出しているアメリカ資本の「SB」とイギリスの「Kコーヒー」がしのぎを削っている。 後者は、「Vフォン」や「Vジン」「O」などの看板をいたる所に見ることが出来る。
増えたものがあれば当然、姿を消したものがある。 長い歴史を持つ小さな商店が、いつの間にかひっそりと店を閉じている。
いい例がセントポール寺院近くのボウレーンである。 この道は、その名からも分かるように、有名なボウ教会の脇にある細長い石径である。

ここについ数年前まで、靴屋や時計屋など、さまざまな小さな店が並んでいた。 何となく中世の雰囲気が漂う、味わいのある道であった。
私は好んでここを散歩したものだ。 また、日本から知人が来ると決まってこの通りに案内した。
皆、一様に「ああ、いかにもイギリスらしいいい道だね」と言って喜んでくれた。 このボウレーンもすっかり変わってしまった。
靴屋や時計屋は店を閉じ、代わりにコンビニやコーヒーショップが登場した。 現代風のワインバーがにぎわい、夜ともなれば酔客が騒がしい。
石畳はそのままだが、歴史の匂いがする小さな店が次々に姿を消し、この小径がかつて持っていた味わいというものが、すっかりなくなってしまった。 ボウレーンのすぐ近くにあったシャシとネクタイの専門店も、小さい店ながら、100年の伝統を誇る老舗だったが、いつの間にか携帯電話の店に変わってしまった。

おそらく商売がやりにくくなって、店主が手放したのだろう。 しかも、その界隈に、けばけばしい看板を掲げた同じような携帯電話の店が何軒もあるのだ。
かつてロンドンに住んでいて久しぶりに日本から来た人は、「ロンドンは変わった」と驚く。 10年程前に比べればはるかに景気がよくなり、活気に満ちている。
それに歩調を合わせるかのように街並みも大きく変わったが、必ずしもいいことばかりではないように私には思える。 何よりも不思議なのは、このような急激な変化をイギリス人が黙認していることである。
イギリス人は保守的で、急速な変化を好まないというような固定観念が私たちにはあるが、どうも違うようである。 いや、新世紀に移行するにあたってイギリス人もまた変質しつつあると考えた方が、適切なのかも知れない。
イギリスでは数年前まで、商店は日曜日には営業しないものと決まっていた。 今は、ほとんどの商店が営業している。
それどころか、大手のスーパーマーケットはほぼ年中無休で、しかも平日は30四時間営業している。 以前、イギリス人はこのようではなかった。
便利になったが、万事に余裕が無くなり、気ぜわしくなった。 イギリスにイギリスらしさが無くなり、商業主義の機能優先の国に変わりつつある。
私は、今のうちに、シティの古い街のたたずまいを写真に撮っておこうかと、本気で思っている。 そうしないと、街の様子はどんどん変わってしまい、もう一度見たくても見られなくなりそうだ。
それくらい街の変貌は速い。 イギリスに住む日本人として、イギリスが日本の街のように、自動販売機と広告看板に埋もれた無残な姿になって欲しくない。

多分、そうはならないだろう。 イギリス人の美意識と良識が阻むだろうと私は信じる。
だが、今の様子を見ていると、10年後、20年後は分からないぞ、という気持ちにもなるのである。 ある年の12月、私は物思いにふけりながら、シティの歩道を歩いていた。

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